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【遠くへ行きたい】ユゴーの小説『ノートル=ダム・ド・パリ』の舞台を聖地巡礼

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Photo by Paul Dufour on Unsplash

今週のお題「遠くへ行きたい」

 

パリに行きたい。

猛烈に、行きたい。

 

海外には、2度アメリカに行ったことがあるだけだ。正直、最近はあまり行きたいとも思っていなかった。

建築を学んでいた大学時代にはバックパッカーでもしたいくらい、実際に見てみたい建物や世界遺産が山のようにあった。だが、お金も時間も部活に費やすこととなり、「社会人になってお金を稼げるようになったら行こう」と悠長なことを考えていた。

しかし、大人になり新婚旅行でフロリダのウォルトディズニーワールドに行った際、時差ボケ&アメリカ食が合わないことから体調不良になり、帰りの飛行機で吐くという経験をし、もう無理していかなくてもいいかも・・・と思ってしまった。日本食も含め、様々な国の料理があったディズニーワールド内でも胃腸がもたなかったのだから、普通に他国の街を訪れるのは無理があると感じた。

 

それでも、今、パリに行きたいと思っている。

 

それは、ヴィクトル・ユゴーの小説『ノートル=ダム・ド・パリ』の世界を実際に歩いてみたいからだ。

聖地巡礼というやつだ。

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                 Photo by Priscilla Fraire on Unsplash

小説『ノートル=ダム・ド・パリ』は街並みの説明がとても多い。アニメーション映画やミュージカルの「ノートルダムの鐘」を見て、おおまかなストーリーを知っている方にとっては尚更、「全然ストーリーが始まらない!!」とやきもきするほど、街や建物の描写が多い。そのため、軽快な展開が多い現代小説と比べると大変読みにくい。

 

私自身も劇団四季ミュージカルで感銘を受け原作小説を手に取ったものの、正直読みにくかった。有名な建築物については大学で学んだため多少知識はあったものの、パリの文化や街並み・歴史については、テレビや観光雑誌で眺めるくらいの知識しか無い私にとっては大変想像しづらいものだった。折角、ユゴーが丁寧に素晴らしさを熱弁したり、街の特徴を説明してくれているのに、脳内再生ができないのだ。

 

それでも8か月かかって最後まで読み切り、もちろん素晴らしい小説だったが、ユゴーの熱い思いが、私にはほんの少ししか理解できていないであろうということが非常に残念だった。パリについて少しでも想像できる人であれば、映画のようにそのシーンが頭に浮かぶ素晴らしい文章なのだ。しかし、私にはそれを再生するための材料が少ない。おおまかな想像はできても細部が難しい。

これでは、小説『ノートル=ダム・ド・パリ』の面白さの半分は感じられていないのではないか。

なんてもったいない。

 

だから今は、google mapやパリに関する文献を参考に、足りない知識を補っている。が、もどかしい。実際に見れば一発なのに。こんなにも“どこでもドア”が欲しいと思ったことはない。

小説片手に街を歩き、フロローの足跡をたどり、クロパン達と一緒に奇跡御殿からノートルダム大聖堂までの道を歩いてみたい。そして、カジモドが生き生きと動き回っていた大聖堂を様々な角度からこの目で見るのだ。

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                 Photo by Nivenn Lanos on Unsplash

おそらく実際にパリを訪れるのはまだまだ先になる。しかし旅行は「準備している時が一番楽しい」という話もある。ということは、実際に訪れるその日まで、私はずっと楽しめるのだ。もしかしたら、行ったこともないのに目をつぶって歩けるくらい詳しくなっているかもしれない。

 

記憶に新しいと思うが、ノートルダム大聖堂は2019年の大火災により建物の一部が焼け落ちてしまった。自分が生まれる前から存在していたものだから、「なんとなくこの先もずっと存在している気がしてしまう」のだが、そんなことはないと思い知らされた。共感いただけるかわからないが、好きなロックバンドのライブに「そのうち行こう」と思っていたら解散してしまった時の「当たり前だけと、もう生で聴けないんだ」という受け入れがたい絶望感と似ている。

形あるものは、これまでもそうしてきたように時代にあわせて形を変え、最終的には無くなってしまうこともある。それは仕方がないことだとしても、是非一度自分の目で見てみたい、という思いはある。私は既にバンドの例で何度も絶望を味わっているから、ノートルダム大聖堂がこれ以上形を変える前に、自分の目で見てみたいと思う。

 

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