前に進めない時には「なかむらえみ」の『YAMABIKO』を聞く
なかなか前に進めなくて焦ったり、そんな自分を責めたりしてしまいそうな、そんな時は、なかむらえみ の『YAMABIKO』を聞く。
この曲は、まっすぐで力強い歌詞が特徴の曲である。ちょっとサボったり腐ってるときなんかに聞くと、耳が痛いくらいである。
気持ちが沈んでいるときにそんな類の曲を聞くと、ブレブレで弱い自分が際立って、一層沈むこともあるが、この曲はそうならない。やる気のある時に聞けば追い風になり、沈んでいるときには気持ちを正常な場所まで戻してくれる、不思議な曲なのである。
その理由は、どこかの誰かのサクセスストーリーを歌ったものではなく、サーファーの“彼”や美容師の“君”、主婦の“あなた”、農家の“俺”など、自分の周りにもいるであろう現在進行形で努力している人々を歌ったものだからだろう。ミュージックビデオでは、それぞれが“頂上”を目指し、それぞれのやり方で“道”を歩む姿が映し出されており、胸を打たれる。
そして「それじゃ、あなたの”道”は?」と問いかけられ、思い出す。
「今やるべきことは、卑屈になったりヤケになって放り出すことじゃない。自分の“頂上”がどこか考えて、“何をすべきか”を考えることだ。」と。
しかし、なかむらえみの曲は、ただ焚きつけるだけでは終わらない。
後半では、時に進む以外の判断が必要なこともある、と歌ってくれている。そしてそれは、決して挫折ではないと言ってくれているようだ。この一節があるからこそ、休むことや立ち止まる自分を許すことができる。
NakamuraEmi「YAMABIKO」 Music Video
この曲を聞くと思い出す言葉がある。
糸井重里の「夜は、待っている。」という本、“ちいさなことば集”におさめられているものだ。『悲観的なとき』という題の、下記の言葉である。
1 ぼくが「悲観論」になっているときには、
だいたいは、難しくてときにくい問題から、
あるいは難しい問題も含めた大量の問題を、
なんとか解けないものかと悩んで、
立ち往生し袋小路で身をすくめています。
2 本気で、現実の問題を解決しようとしているときには、
まず、解きやすい問題を探し、
なんとかしてその問題を解いて、
足がかりをつくって、
さらに次に解ける問題を見つけて、解いて行く。
同じじぶんですけれど、1では悲観的で、暗いです。
そして、2の段階にいるときに、楽観的で明るいです。
悲観的になったまま、問題を次々に解いていくのは、
なかなか難しすぎるし、うまくいかないですから。
「ちょっとできたぞ」「ちょっとできたぞ」のくり返し。
(糸井重里『夜は、待っている。』P.66より引用)
《ほぼ日刊イトイ新聞 / 夜は、待っている》
https://www.1101.com/books/dawn/
大きな山を目の前に立ち尽くし、先に登っている人たちを見上げて、焦ったり悩んだり。そんなことをしても解決するわけじゃないって、充分わかっている。
それでも、「あの人はもうほとんど頂上だ。かっこいいなぁ、すごいなぁ。早くあそこまで行きたいなあ。・・・遠いなあ。自分は一体なにをしているんだ。」って思うこともある。
でもそう思うなら、登った場所から見える景色が見たいなら、一歩ずつでも登るしかない。だから今日はまず、どこから登れるか見て回ろうじゃないか。
きっとどこかに”頂上”へたどり着くための、“足がかり”があるはず。